寝巻きみたいな外出着が欲しい

一人ひとりを包むもの

脳の調子が悪い

ここのところ脳の調子が悪く、2ヶ月ほど仕事をせずにぐ〜たら過ごした。毎日起床の時間は決めず、目覚ましも鳴らない。9時半ごろ起きて、お昼ご飯の時間まで布団で過ごす。

それは、いままでのわたしとは全く違う生活だった。

2ヶ月前までの朝のルーティーンは、まだ布団にいたい気持ちを押し込めて冷たい水を顔にひっかけるところから始まる。

化粧水が十分に肌に浸透しないうちに化粧下地を塗り、あ〜びしょびしょだな〜とか思いながらとにかく急いでファンデーションを塗り込む。ベースが完成したら、凛々しくみえるように眉毛を描いた。

ここまですると「外に行くための顔」になる。眠くなさそうな顔だ。なんかやる気を感じる顔だ。仕事へ行く顔を作って、一緒に気持ちも作る。

そうやって日々をやり過ごしてきたが、押さえ込んだはずの「あ〜仕事行きたくね〜」という気持ちは、きちんとわたしの中に溜まっていった。

徐々に体調に影響を及ぼして、気持ち悪いとか、涙が出る、とか身体の方が反応してくれたおかげで「休んだ方がいいな」と判断できた。

仕事を休んでいる間のわたしは、とにかく自分の気分を優先することを心がけた。

自分が十分に寝たと感じるまで眠り続けるし、出掛けたくない時は家にいる。読みたいと思った本があればすぐに本屋で買って、時間を気にせずに読んだ。

初めは「こんな自堕落な生活を送っていていいのか」と戸惑ったが、すぐにそれは消えた。

自分の気持ちをきちんと自分が受け止めて、好きにさせてあげるというシンプルな経験がいまのわたしには必要なのだと思ったからだ。

近所をちょっと出歩くための服がない

何もやることが決まっていない日々にも、空腹はやってくる。昼ごはんを食べに近所の蕎麦屋にでも行くか〜、とクローゼットを開けるのだが、背中にファスナーのついたぴったりサイズのベロアワンピースを着るのはちょっと大げさだと感じた。

次に目に止まったヴィヴィアンのブラウスも、「おめかしをしたい」という気分の時には最高だが、近所にちょっと食事へ行くには不向きだ。カフスまでしっかりついていて、いまのだら〜んとした気分の自分を押し込めるには窮屈だった。

ちょうどいいスウェットとか、ジーンズはないのかとクローゼットを漁るのだが、ゆるっとしていて着心地が良さそうなのはパジャマしかない。
わたしのクローゼットには気楽でいられる外出着がなかった。

脳が弱っている時、服を選ぶのは大変

脳の調子が悪いわたしにとってはこれはちょっと不便だった。
だらんとした身体や気分をそのまま受け止めてくれる洋服が欲しい。

もともとレイヤードが好きなわたしのクローゼットには、色合わせや異素材を楽しむためのパーツとしての服はアホみたいに大量にあるのだが、「とりあえずこれ一枚着ればオッケー」みたいな脳にやさしい服が一切ない。

よく自分は「気分に合わせて洋服を選んでいくのが大好きだ」とか言ってきたが、おいおい!!!!!ないじゃん!!!脳が弱ったわたしにぴったりの一枚は!!!!不便なクローゼット!!!!!と思った。

服に背中を押されること

自分のクローゼットに対して悪口ばかりを漏らしているが、救われたこともある。
というか、このクローゼットに並んでいる洋服に救われてばかりだったといっても過言ではない。

会社へ行きたくないとか、学校が嫌だ、と思うことは今までもあった。
そういう外へ出たくない時、クローゼットに最強の武装をたくさん用意しておくことで「これに包まれていれば大丈夫」と外へ出掛ける手助けを洋服がしてくれた。

例えば、初めて会う人がたくさん集う会がわたしは非常に苦手なのだが、勇気を出して参加を決めたことがあった。
当日の朝、だんだん行きたくなくなってきて、うじうじしていた。

あ〜行くのやっぱりやめようかな、と思ったがクローゼットを見るとまだ袖を通していない超ロング丈の星柄のワンピースがあった。この服は、同世代の友達が始めた古着屋で買ったヴィンテージワンピースだ。ヴィンテージのロングワンピースで星柄というのは珍しい。仕立て方を見ると、舞台衣装っぽさがある。
人見知りの自分には、家を出る前に背中を押してくれるとびきりの一枚が必要だと思って買ったものだった。

緊張する会へは行かなくてもいいから、この素敵な服をとりあえず着たい、と袖を通すとかなり最高な自分にパワーアップしてしまった。

どうせ着るんだったら、もっと最高になっちゃうぞ!と首には黒いチョーカーを合わせる。足元はエナメルの赤いパンプスを合わせてワンピースの裾から光沢感のある靴が覗いたら素敵だろう。
あれこれコーディネイトしていたら「こんなにおめかしして、さあどこへ出掛けようか」という気分になった。単純だ。

こんなふうに服は、背中を押してくれることがある。
少なくとも、わたしにとってはそうだった。

だらっとした体をそのままにさせてくれる服

しかし、この数ヶ月体調を崩してからはノーメイクに寝巻きのまま人と会う機会が増えた。友人たちが家にきて、だらんとした気分のままおしゃべりする。
一週間のうち大体5日ぐらいを寝巻きで過ごすのは初めてのことだった。家に来た友人は別にわたしが寝巻きであろうが、どうでも良さそうだ。家だし。

わたしの方は、寝巻きの着心地良さを感じながらいい気分だった。

まず、わたしの持っている外出着は、見た目はかわいいのだが、すべてタイトで動きづらい。冬場に着るものはさむく、夏場に着るものは通気性が悪い外出着を毎日着てきたので、この着心地の良さは新鮮だった。

体を服に押し込めることなく、ゆったりのままでいさせてくれる。外用の自分を型に押し込めて形成しなくてもいいと言われるような心地よさがあった。

心地よい寝巻きスタイルの日々を続けた結果、おめかしの機会は週2回ぐらいになった。以前は毎日おめかしをしていたので随分減った。

前と変わらずおめかしをすること自体は好きだが、別に毎日はしたくない、ということを発見した。

服を選ぶ気力の起きない日もわたしの暮らしにはやってくる。そんな日、お腹を空かせたわたしが寝巻きみたいな格好で外をふらふらしていても、わたし自身が、または周りがそれを許すことができるといい。

ちなみに、いま欲しい服は、銭湯で見かけたタオルみたいな素材の長袖ワンピースだ。見た瞬間、着心地の良さを確信した。
まずはこの新しい欲望を歓迎したい。

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