「一重まぶたのデブ」だけどーーボディポジティブ道半ば(吉田瑞季)

吉田瑞季

 物心ついたときから、自分の容姿が嫌いだった。
顔の真ん中に目立つ大きなほくろ、細い筆で線を引いたような一重の薄い目。
祖父が写真を撮るのが好きで、玄関に大きく引き伸ばしたわたしや妹やいとこたちの写真を飾っていたが、小学校に上がる前から、嫌で仕方なかった。

 3つ下の妹は、「子役みたい」と周囲に言われるような、黒目がちの目に整った鼻筋のうつくしい子供だったから、余計に苦痛だった。

 わたしの小学校時代から高校時代にかけては、恐ろしいほどのダイエットブームで、昼のワイドショーも夜のバラエティも、ダイエットや健康法の話題ばかり。ダイエットにいい、と誰かがテレビで言った食べ物は、次の日にはスーパーマーケットから消え去った。

 そのせいなのか、家族はわたしや妹の体型をことあるごとに話題にした。
遺伝的に太りやすい要素が母方からも父方からも来ているだろうことを、彼らが気にするのはわからないでもない。
でも、身長も筋肉も未発達で、ストレスやホルモンの影響も不安定な子供の体重や体型をことさらに気にするのはおかしいと、いまならわかる。

 子供心に自分の顔も体も嫌いだったわたしを慰めたのは、手塚治虫のブラック・ジャックだった。
まだ今ほど美容整形手術が一般的でなく、もっとずっとネガティブにとらえられていたころの作品だが、ブラック・ジャックは容姿に悩む女性たちにことあるごとにこう言う。

「わたしは他人の容姿に興味はない。手術でいくらでも変えられるからだ」

 ブラック・ジャック自身がけがで顔の皮膚を失い、異なる肌の色の友人からもらい受けた皮膚を移植して、他人が見ればぎょっとするような容姿をしている、という設定である。

 わたしは大人になるのが待ち遠しかった。少なくとも、永遠に嫌いな容姿である必要はないのだ。人の見た目は変えられる。選べる。そのことは大きな希望だった。

 実際、大学に入ってから、なんども二重形成の広告や美容外科のホームページ、体験談を読み漁った。どんな安価な病院も学生には高価だったし、一方でやはり眼の周りにメスを入れるのに安すぎるプランや病院は怖くて、手が出せなかった。

 意を決して二重のりやテープを買い、メイクで二重を作ってみた。
最初はあまりにも目が大きく見えるので、自分でも気持ち悪いほど違和感があり、外に出るのをためらう程だった。

 しかし、一度二重にして人に会うようになったら、周りの態度が驚くほど変わったように感じた。
特に男性が、わたしを無視しなくなったように思えたのだ。
目が縦に数ミリ伸びただけなのに!

 ブラック・ジャックがいう通り、容姿は変えられた。でも、ブラック・ジャックのように「興味がない」と言ってくれる人はそうそういないのだ。多くの人は、目の縦の長さが大きい人のほうが、好き。

 二重のりはわたしを勇気づけた一方で、傷つけもした。

 まず、夏は汗で昼間にはのりがはがれ、消しゴムのような汚いカスがまぶたにできてしまう。それでも、一重の目で人に会いたくない。
汗に強そうな二重化粧品をいろいろ試したが、うまく固定できなかった。知らない人は知っておいてほしいのだが、のりやテープなどを使って二重を作るのは本当に難しい。ハウツー記事や動画を見ても、結局顔の形や目の形、肌質、化粧の仕方によってひとりひとりに合ったやり方はばらばらなのだ。

 夏場は家を出るときに二重を作るかどうかの葛藤や、途中で二重が取れて醜い姿を周りに見られないかという恐怖でいっぱいだった。

 さらに、家族、とくに母親の態度もひどく私を傷つけた。
田舎に帰省するたびに、服装や化粧の仕方、とくに二重についてあれこれ言われるのだ。

 正月に家族で出かけようとしたとき、化粧をしたわたしを見て、「ちょっと、目、変だよ」と嘲笑されたように感じた私は、行きの電車に乗っているあいだじゅう、家族と離れた場所で泣き続けていた。
涙でアイシャドウもアイラインも溶け、二重もとれた。母が言う「変な」目ではなくなったが、正月の駅ビルで、わたしはずっと怒りと恥ずかしさとかなしみに歯をくいしばって耐えた。

 結局、今ではその頃の二重のりの名残でうっすら二重の線ができて目が縦に開きやすくなり、マスカラとビューラーで目を大きく見せられるようになって、二重のりを卒業している。
しかし、そうなるまでの辛さのことは一生忘れることがないのではないかと思う。

 今のわたしを悩ませているのは、体型のことである。

 就職した頃はBMI標準ど真ん中、みたいな感じだったのだが(それでも世にいう「美容体重」よりはけっこうぽちゃっと見える)、職場のストレスとブラック労働で一年で10キロ体重が落ちた。
二年目の健康診断のときに、「これ以上痩せると生理が止まるかもしれない」と言われた。

 一日12時間働いて、細切れにしか休憩が取れない職場で、一日を飲むヨーグルトとバナナと菓子パン一袋でしのぐ、なんてしょっちゅうだった。
休みの日は一日中寝て過ごし、億劫で一日一食しかとらなかった。

 ある日ふと風呂上がりに姿見を見たら、まるでモデルのような体型のわたしがいた。
あばらは浮き、ほほはそげ、腹周りに脂肪はひとつもない。
わたしは笑ってしまった。嬉しかったからではない。「うつくしい」とわたしが思っている芸能人の中には、わたしのような病的な食事や摂取カロリー、消費カロリーで生きている人がいるのかもしれない、と、恐ろしく哀しく思ったからだ。

 まさしくそのころ、わたしは街に売っているどんな服でもうつくしく着ることができた。
極端に腰を絞ったスカート、胸元がぴったり詰まったワンピース、細身のパンツ。

 そしてわたしは自分でも疑いようのないほど明らかに病気だった。
まもなくしてわたしは倒れ、そして長い休職期間に入った。

 ひとり暮らしでほとんど寝たきりになると、ますます食事がとれなくなり、やせ細り、体力がなくなった。
医者と看護師は、わたしに、
「朝決まった時間に起きて、朝・昼・晩の食事をとりなさい」
と指示した。

 少しずつ人間らしい生活を取り戻したわたしは、今度は急速に体重と脂肪を増やした。
復帰してから久しぶりに会った職場の人には「あれ?なんかでかくなったね」とか言われた。

 それから病的な生活から脱するために仕事をやめ、引っ越しをし、同居人ができて三食食事を作りあうようになった。

 そうしたら今度は2年で30キロ以上体重が増えていた。

 どうやら、ほとんど絶食状態で強いストレスにさらされる経験をしたわたしの体は、摂取した食べ物のカロリーをほとんど脂肪に変えることに決めたらしい。
体重が急速に増えると、今度は疲れやすくなり、皮膚の表面が割れ、あらゆる手持ちの服が着られなくなった。

 手持ちの服が着られなくなったから買いにいこうとすると、今度は日本のほとんどの女性向けアパレルの服が着られなくなっていた。

 標準体重の時や痩せているときは気づかなかったが、ファッション誌に載っているようなブランドはどこもよくてSかMの2サイズ、あるいはFという謎のワンサイズしかないのである。
そしてそれらが恐ろしく細い。肩幅も胸も腰も腕も尻も太ももも。
好みのデザインだなあと思って眺めているとニコニコと店員が「どうぞご試着してください!」と話しかけてくる。わたしは「これ、ワンサイズですよね。多分入らないので……」とうつむきがちに言うが、「いえいえ、多分大丈夫ですから!」と促される。
そうして一抹の希望をもって試着室に入るのだが、希望はたやすく、それはもう、頭から服を被ったその瞬間に、裏切られる。

 「好きな服を着る」ことがこんなにも難しいのか、と、毎回不幸でたまらない気持ちになる。

 「ボディポジティブ」の考え方に出会ったのは、ちょうどそういう悩みを深く実感していたときだった。
渡辺直美プロデュースのブランド「PNYUS」やファッション誌「ラファーファ」のことは知っていたが、国際的なアパレルメーカーが商品画像にいろいろなサイズのモデルを採用し、プラスサイズモデルのインフルエンサーが自信たっぷりにかっこいいポーズでポートレートに映っているのを見たとき、本当に救われた気持ちになった。

 それは「存在していていいんだ」という希望だった。

 そして、自分の中にどこかずっと、太ることは怠惰さの証で、外見的にも内面的にも醜いこと、という偏見があったことに気づかされた。

 「うつくしい」という言葉の中から、たくさんの人を勝手に排除して、そして自分もそこから追い出していた。

 ちがう。わたしはうつくしくあれるはずだ。

 ブラック・ジャックは、「容姿は変えられる」ことを教えてくれたが、ボディポジティブは「『うつくしさ』は変えられる」と教えてくれた。

 実際、プラスサイズモデルはうつくしい。
豊満な体にゴージャスなドレス、針のようなピンヒールのドラァグクイーンはうつくしい。
うまく説明する言葉が見つからないのだが、わたしはおっぱいが小さい人が背中や脇がざっくり開いたセクシーなドレスを着ているのが飛び切り好きだ。
つけひげをつけた女性がうつくしいことも、何かの折に知った。

 先日、友人たちとおしゃれして歩行者天国の銀座と日比谷公園に出かけて写真を撮った。
スーツやドレスやフリルのブラウスといった、痩せているときに買ったわたしのお気に入りのおしゃれ着はほとんど着られなくなっていたが、はちゃめちゃにカラフルな着物を着ていってやった。

 着物はすごくて、大学時代からちょこちょこ買って遊びや観劇に着ていっているのだが、激やせしても激太りしても、なんやかんや頑張れば同じサイズをずっと着られるのだ。
あと、全身柄だらけ色だらけでコーディネートしてもまったく違和感がないことも気に入っている。

 歩行者天国の銀座で、ど派手な着物を着て、モデル気分でポージングして友達と写真を撮りあった。
道行く人に見られても、ぜんぜん恥ずかしいと思わなかった。

画像1

日比谷公園でカッコつける筆者

 ただ、わたしのボディポジティブはまだまだ道半ばである。

 銀座で写真を撮ったときも、友人の一人のウエストがあまりにも細いので、「細い!」「ごはんちゃんと食べてる!?」となんども言ってしまった。
なんとなく細い人に細いというのは、太い人に太いというのと違ってOKみたいな風潮がある。
でも、やっぱり帰宅してから「結局、誰に対しても体型やその原因について口に出して言うのは無礼だし傷つけるだろう」とめちゃくちゃ反省した。

 それに、撮った写真を見て、まず思ったのは、「自分、目が細いデブやな~」ということだった。なんなら結構落ち込んだ。
かわいい着物を着て、カラフルにメイクした自分を鏡で見たら「かわいい~」と思うし、お出かけしてみんなで写真を撮ってるときも、「俺ら全員イケてるぜ!」と思うのだが、写真に写る自分のことは、まだまだ受け入れられずにいる。

 わたしのうつくしさを認められないわたしの目は、多様なうつくしさを認められない世界の目の一部だ。

 世界にはいい加減、変わってもらおう。
そしてわたしも、わたしのかわいさ、うつくしさ、カッコよさを認められるように、変わっていく途中なのだ。

・著者プロフィール
吉田瑞季
オタクに夢を売る仕事をしているオタク
演劇・古典芸能・ヤクザ映画・詩歌

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