恋はしない、おしゃれをする/「A is for Asexual」#5(川野芽生)

A is for Asexual

おしゃれをするのが好きだ。

髪をピンクに染めたり、睫毛に真っ青なマスカラを塗ったり、唇にすみれ色のリップを塗ったりするのが好きだ。
「魔女」や「妖精」、「人形」といったコンセプトを決めてメイクからお洋服までコーディネートするのが好きだ。
テーマカラーはたとえば白、と決めて上から下まで白を纏うのも好き。
なんでもない日にドレスみたいな服を着るのも好き。
誰にも見せないかわいい下着を身に着けるのも好き。
思いっきりおしゃれをして友達とお茶をしたり、お出かけ先のイメージに合わせてお洋服を選ぶのも好きだ。

画像1

すみれ色のリップ

……そんな話をすることに、意味がある、と思うのは、わたしがアロマンティックアセクシュアルだからだ。
世の中では、おしゃれは「モテ」「男受け」のためにするもの、という風潮が、まだまだ根強い。

かわいいコスメがほしくてコスメ売り場に行くと、「触れたくなる肌に♡」「キスしたくなる唇に♡」「抱きしめたくなるボディに♡」といったコピーが踊っていて、「触れるな! キスするな! 抱きしめるな!」と心の中で叫んでしまうこともしばしば。
かわいいと思って手に取ったコスメに「色っぽバーガンディ」とか「あざとピンク」といった名前がついていると、買うのを躊躇う。

画像2

カラーライナーやカラーマスカラが好き

人からの告白を断ったとき、「『女の子』として見られたくないなら、どうしてそんなに女の子らしい格好をしているの?」と聞かれたことがある。
その日の服装のテーマは「女の子」ではなくむしろ「貴族の少年」だったのに……! というのはさておいても、ここにはいろんな問題が詰まっている。

まず、わたしの好みは一般的に「女の子らしい」とされるものに偏ってはいるけれど、わたしはそれを性別と結び付けたくはない。
わたしは「女の子」だからそういう服を着るのではなく、ただ好きだから着ているのだし、自分のことは(社会的には「女性」とされる存在に降りかかる出来事を経験するタイプの)無性だと思っている。
わたしが好きなタイプの服を、男性や中性の人がするのも自由だし、何もおかしくない。

それに、「女の子」=「男性にとっての性的対象」という結び付きもおかしい。
「女の子」に見える服装をしていたら、男性から性的対象として見られる準備万端のサイン、ではないのだ。
一時は、「かわいい服を着ていたら、『わたしは女の子で、異性愛者です』『どうぞ言い寄ってください』のサインになってしまうの? もっと所謂『中性的』な服装をしたり、おしゃれに興味がなさそうな格好をしたりした方がいいのかな……」と思っていたが、そんな制限をかけられないといけないなんて理不尽だ。

画像3

この色を全部使ったりする

わたしは、ただ単にかわいいものが好きなのだ。
自分で自分を着せ替え人形にして遊ぶのが好き。
かわいいパッケージに詩的な名前のアイシャドウが好き。
とりどりの綺麗な色を自分の肌の上に乗せるのが好き。
お洋服という、ただでさえかわいいものが、その空洞に自分の身体が入ったときになんとますますかわいくなり、命を吹き込まれて生き生きするのがなんとも言えず好き。
いろんな食材を繊細に積み上げてひとつの交響曲にするパフェが好きなのと同じように、服とメイクとシチュエーションを自分の身体で結んでひとつの作品にするおしゃれが好きだ。

画像4

「ロシアのヤバい粉」としてTwitter上で有名な、Sigil Inspiredのアイシャドウ。右下は「炎の精の残香―フェアリー・ダストより」、左下は「エルフの王女」、上は「気難しい人―白夜の光城より」という名前だ

無論、ジェンダーやセクシュアリティに関係なく、おしゃれに興味がない人もいるし、そのことに何の問題もない。
何に興味があるかは人それぞれだ。
どんな格好をしていようと、人からあれこれ言われる筋合いはない。

ただ、おしゃれは「モテ」「男受け」のためにするのではないという実例として、わたしみたいなおしゃれ好きのアロマンティックアセクシュアルがいることを、挙げておきたいだけだ。

画像5

古着屋さんで発掘したドレス

わたしは身体というものが好きではない。
人間であることが窮屈で、魂だけの透明な存在になれたらいいと思う。

容姿というものも好きではない。
人の容姿の美醜には興味がないし、生まれ持った容姿であれこれ判断されたりするのは鬱陶しい。

でも、自分の心が浮き立つ色を瞼に乗せ、自分で選んだ服に袖を通すとき、自分の身体は自分の魂が作り上げた作品のように感じられる。
生まれ持った容姿は影を潜めて、わたしの思いつきや偏愛が浮かび上がる。
人体にない色を顔に塗り、きらきらのラメを乗せれば、自分が人間ではなくファンタジーの生き物に変身できたようで、心が軽くなる。

おしゃれをするときだけ、わたしは自分の身体を愛せる気がするのだ。

画像6

イギリスのドラッグストアで出会い、「これで私も竜になれる!」と思って買った、Dragon’s HeartというアイシャドウパレットとDragon’s Bloodという色の口紅

・著者プロフィール
川野芽生 
短歌、小説、エッセイ、評論、論文などを書いています。
twitter: @megumikawano_

コメント

タイトルとURLをコピーしました