恋愛に興味がない。ないと言ったらない/「A is for Asexual」#3(川野芽生)

今回は怒りの話をしようと思う。

わたしは「面倒くさい人」「ちょっと怖い人」だと思われることが多かった、と前回書いた。

たとえば、アセクシュアルという概念に出会う前の、大学二年生の夏、楽しいサークルの合宿の夜のこと。
A君が急にこんなことを言い出した。

「川野さん、恋愛に興味ないってB君に言ったらしいですね。B君から聞いたから、恋愛に興味ない人なんているわけないだろ、それは川野さんがおまえに興味ないって暗に言ってるんだぞって教えておいてあげましたよ。B君、ちょっとへこんでました」

B君はA君との共通の知人だ。
電車で一緒になった際、誰々さんはかっこいいとかかわいいとかしきりに話すのについていけなかったので、わたしは人の容姿の美醜に興味がないしそういう話は好きじゃないのだと言った覚えがある。

それを建前だと思われたのだろう、でも付き合うならかっこいい人がいいでしょう? と聞かれたので、恋愛には興味ないんだと言った覚えも。
それらはまったくもってわたしの本心だった。

わたしはちょっとA君に腹が立った。

わたしは率直に事実をありのままに語っただけなのに、A君は「恋愛に興味がない人間などいるはずがないから、本心は別のところにあるはずだ」と考え、恋愛における駆け引きという文脈で勝手に解釈してしまったのだ。
わたしがB君から恋愛感情を伴ったアプローチを受けたと感じ、それを退けるために「恋愛全般に興味がない」と嘘をついて、B君と距離を取りたがっている旨を暗に伝えた、という解釈である。

恋愛に興味がないと言ったら、ないのだ。

言葉通りに受け取ってほしい。
なぜ恋愛が絡むと、何もかも言葉通りに解釈されないのか。
なぜ何もかも恋愛が絡んでいることにされてしまうのか。

わたしがB君に対して恋愛感情を微塵も持っていないのは事実だが、アプローチされてもいないのに袖にしたら自意識過剰だと嗤われてしまうこの世界で(そんな価値観に阿る必要もないのだが)、わたしの発言がいちいち「わたしを好きにならないでね」という意味だと解釈されてしまうのも居心地が悪い。

わたしが「違います、恋愛に興味がないのは事実です」と言うと、A君は信じられないといった反応をした。

それからは質問攻めだった。

具体的な質問はもう覚えていない。
恋愛に興味がないなどというのはポーズではないかと疑っているような、また事実だとしたらそこには何らかの「原因」――恋愛に対するトラウマとか、男性不信とか、あるいはわたしの未成熟とか――があると信じているような様子だった。

根掘り葉掘り聞かれてわたしはうんざりした。

質問される立場になるということは、わたしが「特殊」で、相手は「普通」であるという権力勾配の中に置かれるということだ。

相手は「そうなった原因」や理由など問われる必要がない無徴な存在で、わたしは疑問符をつけられなくてはならない存在であると言われること。
猜疑や好奇の目に晒されながら答え続けなくてはならないということ、もし答えに詰まったら、わたしのような人間は存在しないか、考えが足りないだけにされてしまうということだ。

そもそも恋愛に興味がない人間に、恋愛をどう考えているか聞いてどうするのだろう。
恋愛について考えるべきは、恋愛に興味がある側ではないのか?

わたしは「問う」ことの特権性を理解してほしくて、質問を相手に投げ返すことにした。
なぜ恋愛をしないのかと聞くなら、あなたはなぜ恋愛をするのか? それを友情と区別する必要はあるのか? なぜ恋愛に価値を置くのか? なぜ「付き合う」という行動が必要だと思うのか? 独占欲や所有欲に由来するものだというのなら、それは暴力ではないのか?

困ったことに、ここでサークルのメンバーたちがこの話題に乗ってきてしまった。
恋愛をする派の人たちが、「わたしはこういう理由で恋愛をしている」「恋愛ってこういうものじゃないかな」などと次々に教えてくれる。
数で勝てない……と思いながら、花火大会に向かう車の中、わたしは「それは恋愛じゃなくてもいいんじゃないですか?」と聞き返し続けた。

マジョリティの人たちはマイノリティほど「それはどうして?」「それは本当?」と問われなくて済む。
自分の行動、自分の選択が、正当で自然なものだと周囲に保証してもらいながら生きられる。
その分、問いを向けられる立場になると自分の中に答えが見つけられなくて愕然とするようだ。
みんなは次第に考え込み、口数が減っていく。
重くなる空気。華やかな花火。

「まあまあ、芽生ちゃんも好きな人ができたらこの気持ちがわかるよ!」と先輩が言う。
そういうことを聞いてるんじゃない。

「川野さんは面倒くさい議論をふっかけてくるんだから……」とA君は苦笑いしている。
どうして君が他人事みたいな顔をしているんだ。

Cさんの口数が少なくなっていると、「川野さんのせいで、C先輩が落ち込んじゃったじゃないですか!」と後輩にたしなめられる。
それ、わたしのせいなの?

恋愛に興味がないだけのことで、いちいちこんなに問い詰められたりした挙句に、空気を悪くしたと詰られなくてはならないのは理不尽きわまりないし、日々とても疲れる。
もっと穏便に収められたのではないか、とつい自分を責めてしまう自分のことも嫌になってしまう。

あなたが恋愛に興味がある人で、恋愛に興味がない他者に対して、「どうしてそうなの?」と聞きたくなったときは、考えてみてほしい。
相手は同じことをすでに何度も聞かれてうんざりしているのではないか、またそう聞くことが「『普通』はそうではない、そうであるべきではない」というメッセージを発しているのではないかと。

またあなたが恋愛に興味がない人で、そんな質問をされてうんざりしているなら、「空気を悪くせずにこの場を切り抜けなければいけない」と思う必要はない。あなたは悪くない。

恋愛をしない人がこんなふうに傷付けられる必要のない世界がはやく来てほしい、と思っている。

・著者プロフィール
川野芽生 
短歌、小説、エッセイ、評論、論文などを書いています。
twitter: @megumikawano_

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