ゆにここアドベント企画「愛と生活」/高島鈴

もう年の瀬ですね。気圧も厳しくなって参りましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

ゆにここでは年の終わりを記念して、スタッフによるアドベント企画をゆるっと開始いたします。毎週ひとつずつ、合計4本のエッセイが公開される予定です。

今回はテーマとして、「愛」を設定しました。愛といっても、人と人とのそればかりが愛ではありません。人と場所、人ともの、あるいはもっと漠然とした何かと何かの間にある大きな概念について、スタッフそれぞれの視点で語っています。

どうぞお部屋を暖かくして、軽い気分でお楽しみいただけたら幸いです。ハッピーホリデー!

愛のゆにここアドベント

第1回 「理想郷について考える」/杉田ぱん(1)
第2回 「楽園でイヤホンを失くす」/とりいめぐみ
第3回 「愛と生活」/高島鈴
第4回 杉田ぱん(2)

3本目はゆにここ編集部の高島鈴による、同居人についてのエッセイです。

書いた人:高島鈴
ライター、編集。

 私はさまざまな形で複数の人を愛していて、そのうちの一人が私の同居人、金子由里奈だ。私と金子の間柄は、「生活上の相棒」と呼ぶのが個人的には最もしっくりくる。じきに同居を初めて一年になるので、その記録を兼ねて、この文章では私と金子の生活について話したい。

 もともとわれわれは、ライターとそのファンとしてTwitter上で出会った。私が今よりもっと無名であった頃、確かボルタンスキーの展示について書いたエッセイを読んでくれて、金子は「高島鈴の文章は全部読む」「音読している」と言ってくれたのだった。実際に金子のTwitterにアップされた『文藝』には、私の文章の部分にびっしり付箋が貼られていて、本当に丁寧に読んでくれる人だ、と思ったのをよく覚えている。金子のTwitterのプロフィールには、映画監督である旨が書かれていた。いったい私の文章を面白がってくれる人が作る映画とはどのような作品なのだろうかと思い、ちょうどタイミングが合致したこともあって、私は舞台挨拶つきの金子の映画『眠る虫』の上映へ足を運んだ。

 映画はすばらしかった。ここまで死者の存在を前提として作られている映画は初めて観たと思った(本作についてはこちらに詳しくレビューしたのでぜひ読んでみてほしい)。映画ののち始まった舞台挨拶に、金子は現れた。映画について質問を受けた金子は、空中でろくろを回すように両手を動かしながら説明をする。「幽霊と会話したいと思ってこの映画を作りました」。この人は波長が合う、と直感的に思った。

 上映終了後、ロビーにいた金子に、話しかけるかどうかとても迷った。私はバイト帰りの小汚い格好で、人に会うための心構えは何もしていない。それでも金子はすぐ目の前にいる。ええいままよ、と思い、「金子さん」と声をかけた。

「高島鈴です」

 そう名乗ったら、金子が崩れ落ちた。マジで腰を抜かす人っているんだ、と思った。

 そこからの交流は非常に奇妙で、かつ愛おしいものであったと思う。遅い時間帯の映画を二人で観た後、なぜかお互いほとんど知らない駅にふと降りてしまった日もあった。夏の暑い日にぴあフィルムフェスティバル――金子はこのコンテストで入選した履歴がある――の上映会に行き、金子の人脈の広さに驚かされた日もあった。あるときは庭の話をし、あるときは餃子を食べ、またあるときはブックオフで掘り出し物を探した。金子の視点は私とは全く違う形をしていたが、確かに私と同じ方向を向いているような確信があった。それを野暮を承知で言葉にするならば、〈ここにいないもの〉を含めて合意形成をすべきである、という方針だろう。私は文字のなかに歴史を見出そうとし、金子は景色のなかに幽霊を見出そうとした。行動は異なっていても、社会に何が足りないのかを共有しうる人だった。

 そんな折、金子から「高島鈴さんへ」から始まる長いLINEが送られてきた。その内容は、『眠る虫』レビューの作成の依頼と、同居の誘いだった。

 今もはっきり数えられる。入居日当日は、われわれの五度目の邂逅の日だった。なんだか濃密な会話をし続けていたので、長く遊んできたような気がしたのだけれど、実際にはものすごいスピードでわれわれは一緒に住むことになったのだ。テーブルも椅子もない空っぽの部屋で、テレビの置かれていないテレビ台を机にして、横に並んで鍋を突いた。何もなかった部屋に、相談して次々物が増えていった。「もっと居間に余計なものを増やさないと落ち着かない」という私の訴えに応じてフライングタイガーに行ったときは、一万円以上も「余計なもの」を買って、レジの人に微笑まれた。

「ルームシェアですか?」

「そうです」

「楽しそうですね。いいなあ」

 いっぱいになったかごの中身を整理しながらそう告げた店員さんの声音を、今も私は気持ちよく記憶している。

 私の生活の中には、間違いなく金子の時間が積み重なっていった。

 自分用のコーヒーミルを持っていて、おいしいコーヒーの淹れ方をレクチャーしてくれた金子。ピンクに犬の総柄がプリントされたセットアップを見せてきて「これに合う服ってどれだと思う?」と聞いてきた朝の金子。ダルい空気のなかで部屋から起き出してきて、雑に「お腹空いたから金子うどん食べるけど鈴ちゃんいる〜?」と聞いてくれる土曜真昼の金子。私が他者に働いた無礼を、「鈴ちゃんなら聞いて直してくれると思うから話す」と言ってたしなめてくれた金子。よくわからない心霊モキュメンタリービデオを大笑いしながら何十本も観ていた金子。私の無意味な口癖がうつったのを笑って、それをそのままギター片手に歌にしてくれた夜中の金子。やたら鞄やポケットに小銭が入っていて、ズボンのポケットをひっくり返すだけで七〇〇円見つかる金子。一緒に散歩に行った川でなんとなく社会との軋轢の話になり、互いに涙を滲ませながら肩をさすりあってくれた夕方の金子。

 金子由里奈は本当に魅力的な人で、初めて実家を離れて暮らす私に生活を教えてくれた無二の人だ。この偶然から始まった二人暮らしが、いつまで続くのかはわからない。ただ確実に言えるのは、私は今この生活をとても気に入っていて、なるべく長く続けばいいなと展望しているということである。

 大きくとって愛と呼ぶと、なんだか大きなものに巻き取られ過ぎてしまうような気がする。ゆえに私は、この生活を丁寧に分節して、少しずつ愛でたい。衣食住、私のそれらすべては今金子と共にあり、そのことを心から寿いでいる。


この文章についてのご意見・ご感想は、以下のメールアドレスにお送りください。 unicoco@xemono.life

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA