「歴史にロマンはない。創作と史実は峻別して考えなさい」「歴史創作には人間の心のひだに分け入る秘訣を教えてくれる。ぜひ読むように」という歴史学者の発言に接したり、「ベストセラー歴史小説をどう読むべきなのか教えてほしい」「歴史はミステリーだよね?物語だよね?」という読者のことばに接したりして、「史実」と「物語」どのように接するべきなのか混乱したことのあるかたは少なくないでしょう。
歴史学には明確に、史料にもとづいてわかりえないことを書かない、史実をねじ曲げることはしない、という研究倫理がありますが、ある時代の史実を着想源に虚実のあわいに分け入り、人間や社会の実相を描きだすのが創作の利点であるでしょう。したがって、歴史家による洞察ゆたかなイマジナティヴな歴史叙述と、緻密な考証によってリアリティのレベルを適切に見定めた作家による歴史創作には多くの共通点があります。史実の考証については多少不自然なところがありつつも現代人の問題意識に焦点を定めることを優先して過去を物語る歴史叙述にも、時代を映す鏡としてのそれなりの意義があります。この講座では、歴史事象を着想源に創作する人を念頭に置いて、具体的な作例に学びながら歴史学と史実を歴史創作に生かす方法について学んでゆきます。
よい歴史創作を志して歴史学に学ぶとき、どのように史実を扱ったらよいか迷ってしまった経験のあるみなさんと一緒に考える講座です。幸いなことに、近年は気鋭の書き手による広義の歴史創作の秀作が続々と発表されています。具体的な作例にもとづいて思考を深める機会をもちましょう。受講生のみなさんに関心をもった時代や書いてみたいジャンルや物語について、また取り上げてほしい作例についての質問をお寄せいただき、質疑応答を行う回も設定したいと考えています。
中西恭子(なかにしきょうこ) 東京生まれ。津田塾大学国際関係研究所特任研究員(非常勤講師兼務)。古代ローマ宗教史・宗教学宗教史学。東京都立国立高校、東京大学文学部、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程修了(博士(文学))。日本学術振興会特別研究員(PD)、東京大学大学院人文社会系研究科研究員を経て現職。明治学院大学ほか非常勤講師。著書に『ユリアヌスの信仰世界 万華鏡のなかの哲人皇帝』(慶應義塾大学出版会)、『The Illuminated Park 閃光の庭』(なかにしけふこ名義、書肆山田)、訳書にエドワード・J・ワッツ著『ヒュパティア 後期ローマ帝国の女性知識人』(白水社)など。『ユリイカ』『現代思想』(青土社)に寄稿多数。
くわしくはresearchmapを。
第1回 歴史研究と歴史創作のあいだ
2023年9月27日(水) 19:00〜
歴史学側ではどのように歴史研究と歴史物語・歴史創作の関係をとらえているのかについて主な見解を紹介します。創作におけるリアリティレベルの設定は詩歌・散文・戯曲ではまた異なってきます。その位相の違いについても考えてゆきましょう。
第2回 歴史創作の事例(1)芸術家と歴史創作
2023年10月25日(水) 19:00〜
清家雪子『月に吠えらんねえ』、かげはら史帆『ニジンスキーは銀橋で踊らない』、川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』などを事例として、芸術家を扱った近作の語り口とリアリティの設定に注目し、虚実のあわいとメタフィクションの関係をさぐります。
第3回 歴史創作の事例(2)宗教と歴史創作
2023年11月22日(水) 19:00〜
宗教者・思想家の生涯を描く創作には聖人伝・賢人伝に発する長い伝統があります。また、宗教や思想をめぐる価値観の形成やその違いによる矛盾や人間関係の摩擦は想像を喚起する舞台装置にもなりえます。現代にこの主題を扱うとき、どのようにしてリアリティとアクチュアリティを設定することができるでしょうか。具体的な作例にもとづいて考えてみましょう。
第4回 歴史創作の事例(3)遠い過去とシェアード・ワールドの広がりと現代の叙事詩
2023年12月20日(水) 19:00〜
現代の歴史創作でも、叙事詩的世界の構築と「大きな物語」は魅惑的な主題です。ここでは「大きな物語」を語る時の注意点と、遠い過去や架空の「いまここではない世界」を築き上げるときに必要な配慮について、具体的な作例にもとづいて考える機会をもちます。
講師:中西恭子
参加費:講義¥3000/回
回数:全4回
授業方法:zoomによるオンライン講義
日時:9月27日(水)、10月25日(水)、11月22日(水)、12月20日(水)
時間:19:00-20:30(終了時間が延びる可能性がございます)
部分受講:可
・当日参加できなくても参加できます
・1ヶ月間視聴可能アーカイブ配信あり
・アーカイブのご案内はお申し込みより2営業日以内にお送りいたします