二十代最後の年、ロリィタにはまった①/「A is for Asexual」#6 川野芽生

憧れのロリィタ

この秋、二十九歳の誕生日を目前にして、ロリィタファッションにはまった。

十年くらいずっと、「いつかロリィタを着てみたい」と言っていた。
いや、友人がピンクハウスを着こなしているのを目にした中学生の時から「ああいうお洋服がほしい」と思っていたし、それを言うなら保育園の時からフリフリヒラヒラのお洋服に憧れていた。

ロリィタに憧れる理由として挙げたいのが、お洋服のかわいさ美しさもさることながら、確固とした美学や思想を掲げている点だ。
ロリィタのかわいさは、「ほどほど」とか「好感度」とか「モテ」といったワードからは程遠い。

世間の目を気にせず、男受けも求めず、阿ることなく自分の信じるかわいさを貫いて凛と立つ強さ。
ことに女性は控え目で謙虚であることを求められるこの社会で、自分こそお姫様だとあえて宣言する誇り高さ。
それはわたしの美学にぴったり一致していた。

自分が選び取りたいかわいい格好に、「モテ」とか「愛され」といった言葉が纏わりついてくることを鬱陶しく思うわたしは、ロリィタという文化を取り入れることでその美学を明確に掲げたかった。

道のりは長い

でもハードルが高かった。
わたしは好きな服を自己流に着ているだけで、ファッションにはまるで詳しくない。
ファッション誌はほとんど読んだことがないし、テレビも見ない。
ましてやロリィタなんて、単なるファッションではなくひとつのカルチャーとしての矜持をつよく持っているジャンルだという印象がある。
嶽本野ばらも『Olive』も読んでいないわたしが軽々に足を踏み入れてはいけない世界ではないか?

「痛ロリさん」なんていう言葉があるのはわたしでも知っている。
「正解」を外れたらすぐに叩かれたり嗤われたりするという風潮が、少なくともかつてはあったようである。

それにわたしは正直言って、目立つのが苦手だ。
子供の頃、周りからひどくずれていてどうしようもなく目立ってしまい、「目立ちたがり屋だ」とよくいじめられたせいもあるのだろう。
「周りと同じであれ」「普通であれ」「控え目であれ」という圧力に反発し、目立って何が悪いと思う一方で、目立つのが怖い気持ちもまだあるのだ。

そして一番大きなハードルはお金だ。
ロリィタ服は高い。
わたしはアウターや靴も含めて、服飾品に五桁以上のお金をつかったことはほとんどなかった。
単純に、お金がないからだ。

そんなわけで、たまにロリィタ体験サロンのウェブサイトを見ては、いつか行ってみたいな……でも高いな……と溜め息を吐いて閉じるのがせいぜいだった。
もう、ロリィタが似合うような年齢は過ぎてしまったのではないかと感じながら。

転機

そんなある日、いつものように(?)pinterestやinstagramでロリィタ服の画像を見て「か、かわいい……」と呻きつつ、「やっぱりロリィタ服に挑戦してみるべきかな……」とツイートしたところ、友人のAちゃんから反応があった。
「わたしも定期的にその考えになります」。
「えっ、じゃあ、一緒にロリィタ入門しちゃいます?」と返すと、「コロナが落ち着いたら本格的に検討しませんか?」と返事があり、一緒に試着に行くことが決まった。
いきなり外堀が埋まってしまった。

試着と言っても、どこへ行けばいいのか。原宿か? ロリィタに入門するにはどうしたらいいのか?
それすらわからずにTwitterで質問を投げてみると、いろんな反応をもらった。

ロリィタは着ていないけれどファッションに詳しい友人のBちゃんは、「いきなり原宿に行くんじゃなくて、新宿のマルイアネックスに行くのがハードルが低くていいですよ」と教えてくれた。
よし、行くぞ、マルイアネックス。

また、大学の先輩で、ロリィタ文化について発信しているライター兼イラストレーターの大石蘭さんは、ロリィタの歴史についてご自分で書かれた記事を紹介してくださった。

これはすごく勉強になったし、大石さん自身が「お洋服をあくまでも自己流でずっと着てきた」と書かれていて、大石さんですら自己流なんだ、と思ったら勇気付けられた。

その時はコロナのせいもありそれ以上話が進まなかった。

六月に『ミステリーズ!』という文芸誌にわたしの小説が載って、原稿料が入った。
また、九月末に第一歌集を出版したため、その前後に短歌やエッセイ、評論の依頼を沢山もらい、その分の原稿料が入ることになった。その〆切は十月に集中した。
会社務めをしているような人たちから見ればきっと微々たる額なのだろうけど、わたしが自分の文章で手に入れた、どう使っても誰にも文句を言われないお金だ。
〆切に次ぐ〆切でてんやわんやの十月を過ごしながら、わたしは心に決めた。
「今月の原稿料はロリィタ服に使おう。それを心の支えに今月を乗り切るんだ」と。

善は急げで、Aちゃんとマルイアネックスでロリィタブランド巡りの会をする日程を決める。

Bちゃんにも案内役兼応援役としてついて来てもらうことにした(AちゃんとはもともとBちゃんを通じて知り合った仲だ)。
更に、AちゃんとBちゃんの友達でわたしとは初対面のCさんも、かわいい服が好きなので参加したいという。
なんだ、みんな意外とロリィタ服着てみたかったのね。
そしてすべての原稿を無事に出し終え、十一月。総勢四人で新宿のマルイアネックスに向かった。

いざ新宿

ロリィタ服のブランドは、マルイアネックスの六階と七階に集まっている。
まずは七階から見て回る。
ロリィタ服のお店って敷居が高いんじゃないかと思っていたけれど、どのお店も店員さんが気さくに声をかけてくれて、色々案内してくれる。

ロリィタ服には大きく甘ロリ/ゴスロリ/クラロリといった分類があって、わたしが以前から気になっていたのはクラロリ(クラシカルロリィタ)だ。
甘ロリのお洋服も見てみて、うん、かわいいけど、わたしが一番着たいのはこれではないな、などと自分の好みを探りつつ、七階をぐるっと回ってKERA SHOPに辿り着く。

KERA SHOPはパンクロックやロリィタのファッションアイテムを扱うセレクトショップである。
そこで目に入ったのは、Sheglitというブランドのワンピース。丈が長く上品で、落ち着いた緑のストライプ。
ヴィクトリア朝を髣髴とさせる、まさにクラシカルでエレガントなデザインだ。

試着してびっくりした。

かわいい。そして似合う。

今まで、「いつかロリィタ服を着るという夢があるけど、似合わなかったら将来の夢をひとつ失っちゃうな……」と尻込みしていたのが嘘のように似合う。
これを着て生まれてきたのか? というくらい。

店員さんが持ってきてくれたパニエを入れ、後ろの編み上げのところを結んでもらうと、シルエットが整って一層美しくなった。
お洋服というのは不思議なもので、見ているだけでもかわいいのに、なんと人間が中に入ると一層かわいくなるのだからすごい。

次に気になったのが、トルソーが着ていたコルセットスカート。Millefleursというブランドのものだ。
ワインレッドの地に大きな花柄で、ヴィンテージ調の雰囲気がある。
「これ、どうやって着るんですか?」と店員さんに聞いてみると、アンダースカートとブラウスと合わせて着るといいと教えてくれた。

早速試着をする。
試着用にパニエを選ぶ際、「どれくらい膨らませたいですか?」と店員さんに聞かれたので、「いっぱい!」と答えると、ふわっふわのパニエを選んでくれた。
ブラウスとアンダースカートだけでも充分コーデとして完成していてかわいいのだが、店員さんがそこにコルセットを巻いてくれると、雰囲気が一気に変わる。

コルセットで絞ったウエストから、ふわっふわのパニエで思いっきり膨らませたスカートへのラインがとびきりかわいい。
お茶会に参加してそうなメルヘンチックさがある。
まずは膝丈のアンダースカートとパニエを合わせたが、ロング丈のものと合わせると、今度は貴族の装いのような優雅さが出てくるのもよい。

KERA SHOPを出たら六階へ。

Innocent Worldで、清楚なお嬢さん風のグレイのワンピースと、思いっ切りドーリィなフリルいっぱいの花柄のワンピースを試着する。
清楚なのも品があってかわいいし、フリルいっぱいのはやはりテンションが上がる。

試着をするたびに、感動のあまり「えーっ、何これ……かわいい……かわいすぎて困る……」と呻いていた。

他にも色々なロリィタのブランドを見終えて、はしゃぎすぎて半ばぐったりしながら四人でいったんカフェに入った。

素敵なお洋服を試着しすぎて脳が追いついていないので、ここで甘いものを食べて脳に栄養を補給しながら体勢を立て直す。
AちゃんとCさんは、一度頭から爪先までロリィタで揃えてみたいからと、今度ロリィタ体験サロンに行ってみることを決める。
BちゃんはひとりすでにKERA SHOPでさらっとパンクなお洋服を買っていた。

わたしは試着した四着でぐるぐると迷っていた。
しかし、手持ちのお洋服の中にも結構ロリィタテイストのものがあることがわかったので、せっかくならまだ持っていないタイプのもので、またなかなか手に入りにくそうなものにしようと、コルセットスカートを買うことに決めた。

ブラウスはとりあえず手持ちのものと合わせられるので、他に買うのは膝丈のアンダースカートとパニエ。
中に着るアンダースカートやブラウスを変えることで着回しができるのもポイントだ。
おいおい他のアイテムも揃えていくことが前提の、沼に頭から浸かることを覚悟した買い方である。

KERA SHOPに戻ると、店員さんが「おかえりなさい」と迎えてくれた。
「さっき試着したパニエください」と言うと、あのふわっふわのパニエを出してくれた。
コルセットスカートとアンダースカートとパニエを無事購入できたときは、嬉しくてBちゃんに抱きついてしまった。

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Millefleursのコルセットスカート

ロリィタを着てみて

こうしてわたしはロリィタの道に足を踏み入れた。
こんな時期なのでお出かけする機会がなかなかないのが残念だけれど、出かける時には買ったばかりのロリィタ服を着ていくと、いつもより背筋が伸びるような、胸を張れるような気がした。

ロリィタ服を着て出かけても、意外と人目は気にならなかった。
東京の人は他人の服装などあまり気にしないのかもしれない。
マスクをつけ忘れたまま電車に乗った時の方がよほど視線が突き刺さった。

また、「正しい」コーデをしないと叩かれるのではないかという懸念も、試着をした瞬間に消え去った。
だってこんなに似合うんだもの、わたしが正解に決まってるでしょ?

後日、わたしは一人でマルイアネックスを再訪した。
手持ちの服に合わせるロングパニエがほしかったのだが、気付くとそれに加えて靴とタイツとInnocent Worldのフリルいっぱいのワンピースを購入していた。

完全に沼にはまっている。

AちゃんとCさんからは、ロリィタ体験に行った折の写真が送られてきた。
更に後日、今度はBちゃんとラフォーレ原宿に繰り出した。
ラフォーレ原宿にもロリィタ服のブランドが集まっているフロアがあって、そこでヘッドドレスを買うとともに、Bちゃんがロリィタデビューするところを見届けることになった。

沼に引きずり込み合っている。

画像2

Innocent WorldのワンピースとAmabelの靴

・著者プロフィール
川野芽生
短歌、小説、エッセイ、評論、論文などを書いています。
twitter: @megumikawano_

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