【ゆにここエッセイ】宵闇色のベロア・ハット――変身と敗北のありあまる愉悦(楽しい人生)

 衣替えの季節ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。晩秋のゆにここエッセイ特集は、「装い」をテーマにお届けします。

 今回は服飾を愛する労働者・楽しい人生さんにご寄稿いただきました。繊細に美しく、同時に持ち主に不便を強いる「機能性が皆無な帽子」の愉悦に関する濃厚なエッセイです。

書いた人:楽しい人生
犬が好きです
Twitter:https://twitter.com/keisotsusan
Webサイト:https://tanoshiizinsei.wordpress.com

 装飾過多で機能性が皆無な帽子は、私に複雑な喜びをもたらす。そこに存在しているだけですこし涙が出そうになる。

 そういった帽子の取り扱いは、大抵ひどく厄介だ。幅広のつばは外からの眼差しを遮って持ち主の表情を秘匿し、しかしときに被っている人物自身の視界をも制限する。他者の顔色も眉の動きも窺えない緊張感と、あらゆる不躾なものから守られているような安心感という相反するふたつの感覚のあいだで、被り主の心はあやうく揺れる。高級店ならいざ知らず、手頃な飲食店で繊細な取り扱いを要する帽子を安心安全に置いておけるスペースがあるところは少ない。迷った末にあいた椅子に置く。帽子をつぶしてしまうことのないよう細心の注意を払いながら上着をそっと被せるようにする。過剰な装飾は私の心を強くする。しかし、小さな造花のひとつ、きらめくビーズのひとつがどこかへと零れ落ちてしまいそのまま二度と戻らないという、いつでも起こり得る光景が一旦浮かぶと、不安と焦燥が纏わりついて離れなくなる。気候によっては(必ずしも帽子の派手さには関係ないが)帽子の裏地と頭皮のあいだの湿度はどこまでも高まるし、結果、頭頂部の毛はうねってへたる。それら数多の不便を引き受けてなお余りある愉悦。

 空間を引き裂くくらいに派手な帽子は、あらゆる奇妙な装飾品のなかでもっとも「変身」に肉薄した作用があるもののひとつだと思う。他者が誰かに目線を向けるとき、顔のあるあたりにまったく意識を向けないのは難しいだろう。奇妙な帽子は人の眼差しに引っかかりやすく、そして見る人を奇妙な気分にさせやすい。それは纏う側にとっても同様だ。目線をちらと斜め上にやるたび、つばが視界を横ぎったり飾りのリボンが揺れたりして、帽子の存在に意識を向けざるを得ない。前述したような不便さにもまた同様の働きを見出せる。不便さをあえて引き受けるその瞬間ごとに、私は「変身」した己の身体と精神を自分自身でまさぐっているのかもしれなかった。

 帽子にかぎらず、私はむやみに華やかで、どこにも行き場のないような装いをすることを好んでいる。それは神話の世界には生きていない私たちの選びうる「変身」のひとつだ。

 「変身」とは、ただまったくの別物になることを意味しない。たっぷりの布や艶めいたエナメル、冗談みたいなレースやリボン、光を閉じ込めた石や金属、そのほか存在するかぎりの服飾品に用いられる素材たち。それらで自分を覆うことで、私たちは自分自身の裏側だったものをひっくり返して開示する。隠れていたものを引き摺り出す。別に「本当の自分」なんてだいそれたものでなくていい、そもそも装わないあなた、それまで表側に出していたあなたが偽者なわけではない。ただ、「変身」することで、今までは身を硬くし息を潜めてこらえていたものが、いわゆる常識的な在り様からは逸脱したものとして白日のもとに晒されるのだ。

 「常識」や「普通」、「規範」からはずれたものはしばしば他者の眉をひそめさせ、またときに物笑いの種になる。「好きな服を好きなように着ていた」、それだけのために理不尽な叱責を受けたことや、家族や友人知人、ときに赤の他人からいわれのない珍獣扱いを受けた経験をしたことはないだろうか。私はある。眼差しや含み笑いの暴力を跳ね除けるのが難しかった瞬間についての記憶は、すっかり古びたかと思うと、思いがけないタイミングで生々しく蘇る。そしてひっくり返らんとする私の心身を、内側から臆病に縫い留めようとするのだ。

 つらいときは無理をしなくてよい。心身をひっくり返して「変身」することを選ばなかろうと、そうすることを休もうと、誰にもあなたを責める権利はない。しかし、もしあなた自身が、あなたが臆病さに足を取られるのをよしとしないとき、ちょっとおかしいくらいに華やかな帽子はあなたに力強く寄り添ってくれる。奇妙な帽子たちは我が儘でやさしい。私はいつも甘えてしまう。

 やわらかな、宵闇色をしたベロアのハットを持っている。ぐるりと幅広の黒いチュールが持ち主を騒々しい外界から遮るように縁を飾る。芥子に似た真っ赤な造花は非現実的なまでに鮮やかで、しかもその隣には縁についたものと同じチュールと艶のある紅色のリボン、黒のギンガムチェックのリボンがいくつも結ばれて飾られているから、まるで頭に花束をのせているみたいだ。つくりものの花びらのそばには鈍く光るあかがね色のビーズが散らされているが、どこにも届かず永遠に空をただよう花粉のすがたを模しているようにも見える。手触りに誘われるようにして帽子をひっくり返すと、つややかなサテンの裏地が見える。それ自体は想定内かもしれないが、そこにあるのは赤色でも黒でもない。紫がかった気だるいピンク。慌てて帽子を表に返してそのままかぶっても、思わせぶりなピンク色がまぶたの裏から離れてくれなくて、なぜか負けたような気分になる。それは気持ちのよい敗北だ。


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