君と世界の接着剤(金子由里奈)

ゆにここエッセイ

まだまだ続くゆにここプライド特集。第4回は、気鋭の映画監督・金子由里奈さんにショートショートを描き下ろしていただきました。
異性愛規範の中で〈大人になる〉ことを強要される息苦しさから出発した、イマジナリーフレンズのための物語です。

書いた人:金子由里奈
映画監督。監督作品に、「眠る虫」「散歩する植物」「projection」(「21世紀の女の子」より)などがある。

子供の頃、世界はもっとごちゃごちゃしていてうるさかった。ぐるぐる回るおもちゃを見ているだけで楽しくて、白馬の幽霊を追いかけ回して、見えないクラスメイトとおしゃべりをしたりしていた。なのにどうしてか、25歳の私の部屋には、キーボードがぱちぱち弾ける音しか聞こえない。

ごちゃごちゃだった世界は「困難」を「乗り越え」「成熟」するたびに整頓されていく。植物やぬいぐるみは口を紡ぎ、犬はワンとしか鳴かなくなり、イマジナリーフレンズは消える。

「成熟」のたびに消えていったたくさんの「声」たちへ。私は今からあなたたちのことを考えたい。その人の1番の親友であったあなたのことを。「社会」の前で門前払いされてしまうあなたのことを。消滅しても社会的に弔いもされないあなたのことを。




目があったらそれは責任で、私は走り出していた。砂場に沈んでいく少年の腕を掴む。スーパーの精製水くらいの重さで、片手で引っ張ることができた。少年は目を開けて寝ているみたいだった。

「大丈夫ですか?」

と、声を掛けるが、何も答えない。服も手も首も砂だらけで、見ていると全身が痒くなった。思わず肩を掴んでしまい、「大丈夫ですか」ともう一度言った。すると少年は起きたようだった。

「砂場に沈んでいくようだったんで、引き上げました」

「沈んでいくもんだったのに」

少年は悲しそうだった。

ベンチに座って話を聞いた。少年は自分を「めんめん」と名乗った。親も住んでいるところもなく、ただ「げんくん」の友達だということだ。げんくんが中学生になる前に、げんくんとげんくんママは、めんめんとお別れする儀式をしたらしい。げんくんとめんめんが手を繋いだ後、げんくんママが「ここね」と言って二人の間をハサミでちょきんと切ったらしい。

「そしたらげんくん、僕の目を見ながら「めんめんはもういない」って言ったんだ。頑張っているのがすごくわかったから、僕も頑張った」

めんめんが泣いていたので思わず涙を拭ってしまった。冷たくて、そこにない涙だった。

交番にめんめんを連れていくと、おまわりさんは眉間にしわを寄せ、私を見た。めんめんは「いない」らしい。

「そしたらこの子、どうすればいいんですか?」

交番の奥から先輩おまわりさんがやってきて、私の横を見て、黙って奥に戻ってから大きな声を投げてきた。

「そういうのはうちの管轄じゃないんじゃないかな〜」

声が笑っていた。

私は幽霊を連れているのかもしれないと思った。

「めんめんは幽霊なんですか?」

「幽霊はもっと魔法が使えます」

どうして私にめんめんが見えてしまったのかわからないけど、こんなに小さい子を夜中外で放っておくのもよくない気がして、とりあえず部屋に連れて帰った。

めんめんはおしゃべりが好きだった。ご飯は食べるよりも人が食べているのを見るのが好きだと言って食べなかった。月曜から仕事だと伝えると、職場に行きたいと駄々をこねた。

めんめんは私の横を離れなかった。経費の整理をしているとき、めんめんは「数字はげんくんと一緒に覚えた」と嬉しそうに話した。

電話が鳴った。めんめんは「ぎゃ!」と声をあげた。可笑しくて吹き出しそうだった。

取引先の高牧さんだった。「お世話になっております」と、スタンプの様な会話をした後で、今日のランチが石窯の麻婆豆腐だったと言う話をしてくれた。どこの店か聞いてメモをした。今度行こう。

めんめんは電話線の向こうの声に耳を傾けていた。それで「この人はいる人?」と聞いてきた。どうやら自分が「いない人」ということは生まれた時からわかっていたらしい。高牧さんとの電話を切った後、

「いる人だよ」

とめんめんに答えると隣のデスクの前園さんがこっちを向いてきて

「高牧さん、話通じなくないですか?」

って言ってきたんだけど、高牧さんが話の通じない人だと思ったことはなかった。

帰りの電車で目でほじくるように速単を見ている中学生をめんめんはほじくるように見ていた。げんくんなんだなって思った。

「話しかける?」

「話しかけない。げんくんは頑張って大人になったのに」

めんめんは涙を浮かべてじっとこらえて、げんくんが最寄りの駅で降りるまでずっとずっとげんくんを視界から外さなかった。

「げんくんは泣き虫だったんだ。だから僕はいつもげんくんの目を両手で塞いで、大丈夫。誰もみてない。たくさん泣いたらいいよって。でもそしたら僕も涙が出てきちゃって、それでげんくんも僕の目を隠してくれた」

私はめんめんの目に手を伸ばしたがやめた。ずっとずっとげんくんにしか見られていなかっためんめん。

季節は変わらないまま一年が経った。

めんめんは、「いる」と「いない」の境界がわかるようになってきて、もうそろそろ僕は世界をお暇しようと思う、と言ってきた。私はめんめんの話を聞きながら、「いる」と「いない」なんて、なければいいのにと思った。そして私にも、もしかしたら「ない記憶」かもしれないけど、思い出した友達がいた。私も子供の頃、そういう友達がいた。あの子と世界の接着剤は私しかいなかったのに。あの子は今どうしているのだろう。世界の引き際と幼いながらに向き合って、きっとしんどかったと思う。

めんめんはお暇しようと言いつつ、まだ私の部屋にいる。




※この物語は、ポスターに描かれたバイクとタペストリーに描かれたユニコーンが恋をする物語『バイクとユニコーン』(ジョシュ著、見田悠子訳/東宣出版)にインスパイアされて執筆されました。

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