ハラスメント戦記 間接的な被害者として怒る、ということ。 (匿名寄稿)

 パワハラ、セクハラ……それはこの世に多分ゴキブリくらいの頻度ではびこる悪である。
見えない人には見えないが、見えてしまうともうそこらじゅうに最悪なハラスメントが転がっているのに気づいてしまう。
 そして誰もが、加害者にも被害者にも、そして目撃者にもなりうる。

 これは、わたしが目撃者、あるいは「間接的な被害者」としてハラスメントと戦った記録である。
なお、関係者のプライバシー保護のため、結構なフェイク、出来事の割愛が含まれる。

発端

 大学生の頃。同じサークルの友人と話していたとき、ふと、彼女がつぶやいた。
「Aさんが、本を貸してあげるからカフェで会おうって言ってきて、ちょっと怖いから友達についてきてもらったんだよね……」
Aさんは、われわれの学生サークルに出入りしている社会人であった。サークル創立当初から関わっていて、活動もほぼ皆勤賞だ。まあちょっと空気が読めないところがある気もするが、空気が読めない人はサークルにも大学にもゴロゴロいたので、あまり気にしていなかった。
そんなわけで、その時のわたしは割と最悪な返答をした。
「あー……。Aさんてそういうとこあるけど、下心とか悪気があるわけじゃなさそうだな……。怖かったら断ればいいし、何かあったら連絡してよ」

 それから数年後。同じサークルの別の友人が、スマホを見つめてため息をついていたのを見かけて「なんかあったの?」と聞いてみた。
すると、
「Aさんが、サークル活動の下見に二人で鎌倉まで行こうっていうから、断って、『学生に二人きりで会おうって誘うのよくないですよ』って言ったら長文メールが来たんだよね……」
とのことである。
さすがにこれはわたしでも「は?やばくね?」と思ったので、メールを見せてもらった。

 やばかった。

 Aさんは、友人に対して、いやこれ人格否定やん、みたいな長文メールを送りつけていた。しかも複数。
下心ないのにそんなこというなとか、サークルの規則や法律には反していないとか、あなたは頭が固すぎるとかなんとか、まあ内容は整合性がなすぎてあまり覚えていないのだが、やべえ、これ、ハラスメントやん……ということははっきりわかった。

 そして、数年前の友人のつぶやきを思い出したのだ。

 あ、これ、常習犯やな。

 Aさんは、数年にわたり、何人かの女子学生に二人きりで会おうというメールを送っていた疑惑が浮上した。
ちなみにわたしも同じ時期ずっとサークルにいた女子学生だったが、そんなメールを受信したことはない。
ターゲットを選んでやっている。そのために、一つ一つの被害が見えにくくなっていたのだ。

被害の調査と相談機関訪問

 わたしは長文メールを受け取った友人と相談し、サークルの他の学生にも話して、被害の実態をAさんには内緒で調べることにした。
メールでのアンケートや、直接の聞き取り。
その結果、さらに数人に同じようなことをしていることが発覚した。しかも、1年2年ではなく、わたしの入学前からである。

 やばすぎる。

 しかし、被害者ひとりひとりは、「サークルの他の学生に迷惑がかかっても嫌だし、自分が我慢しよう」と黙っていたり、学内のハラスメント相談所に相談しても「なるべく近づかないように」と言われただけで特に何もできず、あきらめてサークル活動から離れてしまっていたりした。

 わたしはキレた。
キレて、思った。
わたしはAさんの「タイプ」ではない。ヤツはわたしのことにまったく興味がなく、おそらく何も知らないと思っている。
わたしなら、本人にバレずにやることができる。

 そして、入念な調査の結果を携えて、大学のハラスメント相談所に向かった。
個人で相談した学生が、あまり対応がよくなかったとこぼしていたので、期待していなかったが、思っていたよりは対応してくれた。
しかし、課題は山積みだった。

 そもそも、AさんはOBだが今現在大学との関わりは薄い。大学からなにか処分を行うことは難しかった。
また、ハラスメント加害者に無闇におおっぴらな制裁を与えると、逆上して被害者に攻撃するかもしれないから、なるべく穏便にすませるほうがいい、とも言われた。
あと、下手に被害を公表すると名誉毀損で訴えられるかもとのことだった

 ひえ〜とわたしは思った。つまり、ほとんどなにもできないってことだ。なんで?
というか、こちらがめちゃくちゃ被害を被ってるのに、名誉毀損???
司法よ……という気持ちになった。

加害者から逃げる

 ここから数年かけて色々やったのだが、煩雑なのですっ飛ばす。
とにかく数年かけてサークルの規約を変更し、学生以外はサークルに加入できないことにしてAさんと縁を切ることにしたのであった。

 当然ながら、その手続きはAさんには極秘に進められ、手続きが完了した時点でAさんをサークルのメーリスから外し、「もうサークルに来ないでね」という内容証明を送った。
ちなみに内容証明を送るのはめちゃくちゃ面倒だったし、出した郵便局からわたしを特定されないためにわざわざ渋谷の郵便局まで行った。

 予想通り、Aさんは、ブチ切れた。
ブチ切れて、「友人の弁護士に聞いたが内容証明には法的な効力はないぞ」と言ってきた。

 そんなことは内容証明を出す時点で調べたので知っている。
というか、大学の学生サークルに社会人が参加できるかどうかに法律も何もないだろう。相談された弁護士が気の毒である。

 Aさんはキレにキレて、勝手に「首謀者」だと推測した学生に脅迫メールを送ってきた。
ちなみに、真の「首謀者」であるわたしには、現在まで一度も何も言ってこないし、マジで存在を忘れているらしい。
「首謀者」を勝手に思い込んでいる、ということは、その人とトラブルになった自覚があるということだろう。わたしは呆れた。

 そもそも、直接トラブルになった相手だけが自分をサークルから追い出そうとしている、という思い込み自体がおかしいのだ。
Aさんというセクハラ常習者がいることで、サークルから離れた学生もいるし、セクハラ発覚後は新入生勧誘をするべきか非常に悩んだ。新しい被害者が増えるかもしれないのに、勧誘するなんてあまりに不誠実だし、間接的な加害者になりかねないからだ。
学生がサークルから離れ、新入生勧誘も難しくなると、学生サークルは存亡の危機に陥る。つまり、サークルの学生全員が損をするということだ。

 だからわたしは、「自分のせいでこんな面倒なことになってしまったのでないか」と悩む被害者たちに、必死でそれは違うと言い続けた。
被害を告発しなければ、新しい被害者が出ていた。それに、傷つき怯える人がいる中で、どうやって楽しくサークル活動をやれるというのか。

 しかし、Aさんによる脅迫やメール攻撃が続く中で、わたしは大学を卒業し、就職して東京を離れなくてはいけなくなってしまった。
卒業までには解決したかったが、それができずに友人や後輩にこのやばい仕事を引き継ぐのが本当に申し訳なかった。

 そこからさらに一年ほどがすぎ、在学している友人から「Aさんのサークルへの執着を断ち切るため、サークルを解散することにした」と連絡をもらった。

 その選択肢は、実はハラスメントが発覚した当初から考えていたものだったが、ついにその日が来たか、と思った。最後の手段だった。

 さすがにこれで、Aさんも諦めるだろう。そう思った……が、甘かった。

予想外の攻撃

 わたしが在籍していたサークルは解散してなくなった、はずだったが、ある日突然そのサークルを名乗るブログとツイッターアカウントが現れた。
当然ながら、サークルに所属していた学生やOBOGは何も知らない。そして、そのブログの連絡先欄にはAさんのメールアドレスが書いてあった。

 は?

 Aさんは、なんとなくなったはずのサークルを名乗って会員を募集し始めたのである。
当然、旧サークル会員で「なりすましです」というツイートをし、注意喚起をした。
「もう存在しないサークルのなりすましってありうるのか?」というアホなことを言う人もいたが、そんなん例えば解散したアイドルを名乗って、「僕たちSMAPです!」とか言うやつがいたらそれはなりすましだろうが。ジャニーズがキレるわ。

 AさんのSNS音痴のおかげもあり、しばらくしてなりすましアカウントは消えた。

 そして、ツイッターにあらたななりすましアカウントが生まれた。

「旧〇〇サークルの学生です」

 いやお前Aだろ!わかるわ!
呆れを通り越して、哀れみを感じた。
サークル解散の内情を暴露するみたいな感じだったが、わたしたちは解散直前まで、サークル所属の学生や、連絡がとれるOBOG(Aさん以外)には常に現状を報告していた。
だから、Aさん以外のサークル関係者が知っている情報は、Aさんよりはるかに多いのだ。
しかし上記のアカウントはAさんがわれわれにメールで送りつけてきた内容のコピペみたいな主張しかできなかった。
あと文体がおじさんだった。

 わたしはさすがにブッチキれ、本当に本当の最後の手段に出た。
もうサークルも存在しないから、サークルの後輩たちに迷惑がかかることもない。

 わたしはAさんの職場に電話をかけた。

 しばらくして、「旧〇〇サークルの学生」を名乗るアカウントは消えた。

 それでも一年ほどは、後輩たちが新たに立ち上げたサークルの活動やイベントにAさんが押しかけてくるんじゃないかと関係者はヒヤヒヤしていた。
なにがAさんにとって致命傷だったのかわからないが、今のところ新たなトラブルは起きていない。

その後

 わたしが知る、Aさんによる最初の被害から、もう10年以上が経つ。
大学を卒業してからも、5年が過ぎた。
自分が大学時代に打ち込んだサークルがこの世にもう存在しないことは、やっぱり悲しい。
でも、ハラスメントの温床として存在し続けるよりは、ずっとよかった。

 ハラスメントと戦い、学生を守る中で、たくさんの人が傷つくのを見た。
すべてハラスメント加害者が悪いはずなのに、被害者も何らかの罪悪感をもってしまうことが多いのだ。さらに、なんども事情を説明したり、相談相手から心無い言葉をかけられたりするなかで、傷はえぐられ、大きくなる。

 わたしが「ハラスメントをなくしたい」と行動すればするほど、被害者が傷つくという負のスパイラルに陥っていたときは、被害にあっていない自分のエゴイスト的正義感で、みんなを不要に疲弊させているのではと自問し続けた。

 それでも、平穏な日々は訪れた。
辛いと泣く被害者の肩を抱きしめて、呆然としていたのは過去のことになった。

「間接的な被害者」ができること

 わたしは、自分が直接の被害者でないからこそ、特定や報復のリスク、精神的疲労やトラウマのリスクを最小限にして動くことができた。
それは、ハラスメントへの対処としてはよかったと思う。
一方で、大学という限られた時間を過ごす場所では、辛い仕事を他の人に引き継がなければいけなくなり、本当に申し訳なく、辛かった。
発覚から解決まで、本当に本当に長い時間がかかったのだ。

 あなたがもし自分の属するコミュニティで、ハラスメント被害を受けている人、ハラスメント加害をしている人を見つけたら、積極的に解決に向けて働きかけてほしいと、切に思う。

 ハラスメントは直接の加害者と被害者だけの問題ではない。
ハラスメントは、コミュニティそのものを破壊し、あなたの大切な居場所、友人、楽しい時間を傷つけ、奪うのだ。

 あなたの大切な人がハラスメントを受けたとき、あなたも間接的な被害者となるといっていい。
だから、あなたは怒り、行動する権利がある。義務ではないけれど、あなたは自分が傷ついたり怒ったりすることは当然だと思っていいのだ。

 この事件は、もう終わったことである。
実在のサークルや人物について、何かを告発したり、暴露したくてこの記事を書いたわけではない。
ただ、ハラスメントと戦う、ということがどういうことか、少しでも多くの人に伝われば、そしてハラスメントの被害者にたくさんの味方ができればいいな、と思って、書き残すものである。

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