引きこもり 爪を盛る (吉田瑞季)

最近、セルフネイルにハマっている。
ウィークリージェル、という、ジェルネイルだけど一週間くらいだけ保って、その代わり機械で削らなくても自分でペリッと剥がせる製品を使って、週に一回の楽しみになっている。

数ヶ月前まではネイルサロンに月一回通ってやってもらっていたのだが、例によってcovid-19の感染拡大で行きにくくなり、またそれなりに高価だったこともあって、セルフネイルに切り替えた。

最初はクリアカラー、白、水色、ピンクから買い始めて、数ヶ月で20色以上揃えた。
色が増えると、できることが増えてどんどん楽しくなる。
「1週間保つ」のがウリのウィークリージェルなのに、完成したそばから、次はどんなデザインにしようか、早く次を塗りたくて、ウキウキしてしまう。

おさかなの爪(セルフネイル)

さて、そんなわたしだが、今現在思いっきり引きこもっている。
このご時世なので、リモートワークやレジャー自粛で引きこもり気味の人も多いだろう。
わたしもそういう側面もありつつ、今はさらに持病が悪化して休職し、(数ヶ月ぶり三度目)、本当にまったく引きこもっている。
たまのスーパーや商店街への買い物や、定期的な通院以外、だいたい家にいる。
運動はリングフィットアドベンチャー頼み(まあこの夏は暑くて外で運動は無理だったし)、化粧は月に一度か二度、するかしないか(マスクしてるしね)。

それでもわたしは一週間に一度、ウキウキ爪を塗っている。
外に出ないので、誰に見せるわけでもないのだけれど、だからといって止めようかと考えたことはない。
むしろ、引きこもり時間中でもネットや近所の百円均一で、イケてるネイルシールやパーツを探すのが、楽しくてたまらない。

ジェルネイルに出会う前のわたしは、爪を噛む癖が成人しても治らなくて、いつも指先がボロボロで血だらけだった。
普通の人の半分くらいしかない爪。ひどいさかむけ。真っ赤に腫れた爪の周りの皮膚。

でもあるとき、友人の晴れ舞台のために、最強におしゃれすることになった。
頭のてっぺんからつま先まで、最高にかっこよくなって、お祝いに行かなくちゃ。
……つま先まで? その時、ボロボロの自分の爪を、なんとかしたい、と切実に思った。
でも、例えば歯磨きが苦手な人(わたしだが……)が、怒られそうな気がして歯医者さんに行けないのと同じように、爪を噛むのをやめられなくてボロボロの指のわたしが、ネイルサロンに行くなんて、そんなん、怖いよ〜〜〜と怖気づいてしまっていた。

でも、幸いにも、別の友人がネイリストとして働いていた。わたしはおずおずと、「超深爪なんだけど、ネイルできるかな……」と相談してみた。
友人は、「人間の爪はだいたい一ヶ月で4ミリのびるから、今から一ヶ月伸ばせば、たぶん間に合うよ」と教えてくれた。
わたしは意を決して友人のネイルサロンに予約を入れた。

一ヶ月、爪を噛む衝動を必死に抑えて迎えた初めてのネイル。初心者らしく、ピンクのワンカラーという、今思えばかなり控えめなデザインにしてもらった。
わたしの爪はその日、たぶん生まれて初めて、めちゃくちゃ丁寧に、大切に、お世話してもらった。
そして、少し蛍光色も感じるピンクレッドの指先に、ゴツいシルバーリングを合わせてみたら、まるで魔法使いの指みたいに、自分の指先が輝くのを感じた。

めちゃくちゃかっこよかった。

それからわたしはネイルサロンに通うようになり、少しずつ攻めたデザインに挑戦するようになった。
元来の光り物好きだから、ラメ!ラメ!みたいな爪も最高だし、ミステリアスで大人っぽい爪も気に入った。

姫の爪(ネイルサロン)

歌人らしく?季節感も大切に。梅雨の季節には水滴を垂らした水色の爪や、あじさいを思わせる爪にした。

梅雨の爪(ネイルサロン)

わたしの爪はそして、どんどん健康になっていった。
噛んだり深爪したりして痛めつけられ、ところどころボコボコと波打っていた親指の爪は、一年ほどで美しいカーブに戻った。痛々しいさかむけはほとんどなくなった。
そもそも、ジェルネイルでバッチリ守られているので、爪を噛む癖が完全になくなった。
ジェルネイルの保ちをよくするために、ネイルオイルやハンドクリームをこまめに塗るようになった。

桃の爪(セルフネイル)

思えば、爪を噛む癖は自傷の一種であったのだろう。痛みを感じるほど自分自身を傷つけて、どんどん醜くして、さらに自分の指先を嫌いになっていた。
ネイルのおかげで美しく、強くなった爪は、今はもうわたしにいじめられることをはっきりと拒んでいる。

そして、最近始めたセルフネイルは、自分を大切にすることの楽しさを、さらにわたしに教えてくれる。

ネイルの前に、裸の爪を慎重に切りそろえて、何種類かのやすりで磨いていく。
爪は、まるで工芸品のように、だんだんピカピカになっていく。上手に磨けば、何も塗らなくても、宝石みたいに爪が光るのだ。(あまり磨きすぎるとネイルが剥がれやすくなってしまうのだが……)
それから、さかむけの尖端を切り取って、これ以上さかむけが悪化しないようにし、ネイルオイルやハンドクリームを塗る。
これは、プロのネイリストさんがやってくれていたのを見て、なるほどと思って取り入れている工程だ。
そうやって、ジェルを塗り始めるまでに、すでに相当な時間を費やしているが、爪をケアする過程は、自分を大切にしているのだということが強く実感できて、とても幸福な気持ちになる。

そして、いよいよ色を塗り始める。
まずは、今日の気分のカラーのボトルを、机の上に並べて、しげしげと眺める。
インターネットでいろいろなデザインを見て予習することもあれば、これ!とメインのカラーを決めて気分でやってしまうこともある。
おもしろいのは、サロンのカラー見本と違って、うちにはわたしの好きな色のボトルしかないことだ。
全部好きなので、全部取り出して並べたくなるが、そこはしっちゃかめっちゃかになるので、5〜7色くらい。これでも、サロンでやってもらうよりたくさん色が使えて、すごく贅沢な気持ちになる。
ネオンカラー、偏光ラメ、メタリックラメ、パステルカラー、ビビットな赤、クリアの濃いピンクやブルー、透け感のあるブラック、ラメ入りネイビー。
全部、ぜんぶ好きな色。最高だ。そして、全部がわたしに似合う色。わたしがそう決めたからだ。

鬼舞辻無惨の爪(セルフネイル)

最近ダイソーで見つけてテンアゲ(テンション爆上げ)したのは、男性Youtuberのkemioプロデュースの「激盛れ爪クラブ」というシリーズだ。
もう名前が最高。「激盛れ爪クラブ」。即入会。
ラインナップも、平成レトロっぽいケータイ文化モチーフから魔法戦士みたいなキラキラのもの、ネオンサイン、ロックやヒップホップっぽいハードなデザインまで、いろいろある。
ダイソー商品なので、ない店にはなく、ダイソーを見かけるたびにギャンブラーの気持ちで、まだ持っていないシールを探しにいく。

そしてまた、激盛れ爪クラブの創始者、kemioのスタンスが最高なのである。
激盛れ爪クラブ発売時のコメントがこちら。

皆さん初めまして、kemioです!この度ラブなダイソーさんとコラボでネイルグッズを出させていただきました!僕もここ1年くらいネイルに夢中で次はどんな爪にしようかなーといつも考えています!やっぱ爪が可愛いと気分も上がるし、あなたも『激盛れ爪クラブ』の一員になって自分の爪を鬼盛りしてこーーーよ!

男性であるkemioがネイルを楽しんでいて、それを多くの人と分かち合うことを、なんのためらいもなく表現している。
男性がネイルやメイクを堂々と楽しめる世界が来つつある。「好き」をいろいろな形で表現できる世界が。変わる人たちは、軽やかに変わっていく。
「男がネイルなんて」というつまらない誰かのぼやきは、激盛れ爪クラブの前では無力だ。
お前の爪も盛ってやろうか。楽しくて最高になるぞ。

kemioのように強くて、自信たっぷりに世界に自分を見せつけられる人ばかりではないのはわかっている。
逆に、ネイルやメイクを女性も男性も「しなくちゃ」という抑圧も、だんだん強くなってしまう懸念もある。

そんななかで、わたしは、引きこもりながら、わたしだけのためにわたしの爪を盛る。
誰かに見せるためでなく、自分を大切に、幸せにするために。
何時間もかけて、指先と爪を絵画やジュエリーを作るように飾る。
一週間で消えてしまう、わたしのためだけの美しさ。

激盛れ爪クラブのシールを使ったVaporwaveの爪(セルフネイル)

そうやって描いたピンクとグリーンの美しいグラデーションを、ふとしたときに眺めて、自分の身体にこんなにもすばらしい色合いが表現されていることに、一人で感動するのだ。

・著者プロフィール
吉田瑞季
オタクに夢を売る仕事をしているオタク
演劇・古典芸能・ヤクザ映画・詩歌

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