【推しと短歌3期】夏油傑イメージ短歌連作を歌人に講評してもらった

オタク、夏油傑短歌を歌人に見てもらう

「推し」にエナジーを燃やしている皆さま、短歌にご関心はありませんか?
1月23日より、大好評のオタク短歌講座「推しと短歌」シリーズの第三期「ぎゅぎゅっと! 推しと短歌」(全4回)が開催されます!

第三期の特長は、連作をテーマにしていること。連作とは複数の短歌をひとつにまとめた作品で、一首ごとに作るよりも多角的な表現が可能になります。

推しのことを様々な角度から語ることのできる「連作」はオタクに向いている!!」と断言するのは、講師の榊原紘さん。50首連作「悪友」で第二回笹井宏之賞大賞を受賞、30首連作「生前」で第三十一回歌壇賞次席となった連作の名手です。

今回はゆにここ編集部のオタク・高島鈴が、『呪術廻戦』(集英社)のキャラクター・夏油傑をイメージした連作を作り、榊原紘さんに講評していただきました。


実際の授業でも、榊原さんからじっくり連作の講評を受けられる「講評回」(第4回目)があります。
連作が気になった方、ぜひ「ぎゅぎゅっと! 推しと短歌」にお申し込みください!

実作(高島鈴)

榊原さんのコメント
今回は高島さんが『呪術廻戦』の夏油傑さんの連作を作ってくださったということで、ワクワクしながら読みました。

前から高島さんの短歌は読ませていただいているのですが、単語があまり短歌で見たことのないものが多くて、まずそこが興味深いです。
タイトルは「破城槌」。文字の通り、城門や城壁を破壊することを目的とした攻城兵器の名称です。まずここに驚いたというか、どんな歌がくるんだよ……と慄きました。

一首目

小屋掛けを取毀つよう。踊るよう。天井のない空を仰げば

一首目、「小屋掛け」は「芝居・見せ物などの興行のための仮小屋」のことですね。それを取り壊すように、踊るように空を仰いでいる。これらは比喩なのですが、開放感も解放感もあります。「小屋掛けを取毀つ」の言い方からは、今まで自分がしてきたことは一種の芝居・茶番だった、という感じもします。仮の住まい・過去の居場所などの意味なら、もっと別の語があると思うのですが、「小屋掛け」は興行のためのもので、必要とされるのは生活するよりももっと短い期間なので。

今まで携わってきたことを破壊し、(自分の体を使って)踊るように空を仰いでいる。自由ですね。「天井のない」は本来「空」からすると当然なのですが、今までいた場所に「小屋掛け」のイメージがあるとすると余計その空の広さが際立ちますし、呪術廻戦における〈帳〉のイメージもあるのかもしれません。

二首目

湯船には浸かれないまま秋になる 油蝉すら見せるのか、腹

二首目、「湯船には浸かれないまま秋になる」……。単に暑くて、でしょうか。そんなことでは、疲れが取れないですよ……。「シャワーで済ませている」ということでもありますが、これは夏油さんの歌と読むとやっぱり彼が悩みながらシャワーを浴びているあのシーンを思い出しますね。「湯船には」と書かれると「他に浸かっているものが(比喩でも)あるのか?」と思ってしまうのですが、ここでは「湯船に」とそんなに意味は変わらないかと思いました。

油蝉が腹を見せている(死んでいる)のを見て、「油蝉すら」といっているわけですが、ここには「油蝉すらそうしている(のに、していない)」という感じがあると思います。この「腹を見せていない」のは紛れもなく主体である夏油傑ではないでしょうか? ここでいう「腹」というのは実体ではなく、「腹を割って話す」とかの「腹」です。

〈夏油読み〉をするとかなり深読みできる歌でもあります。蝉ですら腹を見せて死んでいる(と判断できるほど、死んでも身体が残る)様を見て、遺体すら満足に残らない仲間や呪霊を祓ったあとの無個性な黒い球体を考えているのかな……とか。でもこれは、さすがに迎えて読みすぎですね。

三首目

悪者になってみようと思います。部屋を出るから閉めてゆく窓

三首目、「悪者になってみようと思います」という丁寧な発言にある、物騒さ。「悪者になろうと」ではなく「なってみよう」の軽さが逆に不気味です。「窓」は外と通じるもので、開けていれば風も入ってきて快適です。ただ、雨が降り込んできたり、物が飛び込んできたりするかもしれません。部屋を出るから窓を閉める、という当たり前の行動が下の句では描かれていますが、上の句の影響で(「悪者」になるために)離れる場所からの影響をもう受けない、という決意が見えますね。

自分のしていることは大義で、全ての人に受け入れてもらえるはずだと夏油さんが思っているのなら、こうした上の句にはなりません。選んだ道が多くの他者から見れば「悪」であるということも分かっていて(だからこそあんなに悩んでいたわけで)、けれどそれを「本音」にした。短歌で「悪」を謳うとサムいときはめっちゃサムくなってしまうのですが、この歌は酔っていなくて静謐な感じがして「よい悪の歌」だと思います。

四首目

捧げもつ卵ごと踏むその蟻がお前に何をするかわかるか

四首目、えっ難しい! と思いました。「踏む」で一度歌が切れていると思うので、蟻を卵ごと踏む→その蟻がお前に何をするか分かるか、という流れですね。蟻って踏んだら高確率で死ぬと思うのですが、死んだのに何か報復があるの!? と思いました。いや、呪術の世界では死後の報復って「在る」のですが。

うーん、卵はこれから生まれて来る存在を宿しているものですよね。「種の未来ごとお前は踏んだが、そいつはお前に報復するぞ(どんな報復か分かるか?)」という問いの一首……。何もされない、ということは絶対にないんですよ。「する」は決定事項で「何を」なので。その具体的な内容は分からないのですが。報復があったとしても蟻からだからそんなに大規模なことは起こらないかもしれなくて、だからこそ踏んだのかもしれない。けれどただで済むわけがない。自分がやったことをちゃんと最後まで見届けろよ、というメッセージの歌だと感じました。

五首目

破城槌、初霜までに来てくれよ。この身体を城門とする

五首目、この歌において「身体」=「城門」なので、「破城槌」も身体というか、人なんですよね。まぁ五条悟だと思うんですけど……。「初霜までに」は「初霜が降るまでに」の圧縮で、時期的には冬までにという感じですね。この主体には自分の破壊を望んでいる節があって、自分は城門なのだからチャチなもんじゃなくて専用の破城槌で来てくれよ、というかなり挑戦的なところがあります。やるならしっかり殺してくれみたいな。自身は「城」じゃなくて「門」なんだなぁと思ったのですが、やっぱり門を破るのが一番難しいみたいなところもあるし、自分の後ろには他にも仲間(家族)が控えている、という意味もあるのかなと思いました。

連作として読む

これが一首ごとの読みです。連作として読むと、「夏油傑」をインストールしなくても確実に言えることが幾つかあります。それは、

  • 夏の終わりから10~12月までの季節を描いている
  • 何か狭い場所(閉鎖的な場所)から解放されている
  • 解放の末、選んだのは「悪」の道である
  • 自分を破壊する存在を知っている
  • その存在からの破壊(対峙)を望んでいる

ということです。季節が変な動き方をしているわけでもないですし、流れは分かります。

結句が全部体言止めや終止形といった同じ形で揃ってしまっているわけではないので、歌の処理の仕方にバリエーションがあるな、と思います。が、五首という短さに句読点を入れているのが四首というのはかなり多いと思います。僕は句読点はアクセントのように使っているので、たぶん十首に一首くらいの割合です。句読点は一首が語りのように見えたり、「この話はまだ続いていますよ」みたいな記号としても機能したりするので便利なのですが。

これを回避するには、例えば、

  • 二首目を「油蝉すら腹を見せるか」とかにする
  • 一字空けや「」など別の表記を試す
  • 連作をも~っと長くして密度を小さくする

などの策があると思います。僕はどうしても連作単位で見たときのバランスが気になるタイプなので、こういうことを講義でも話す予定です。
あとは二首目で油蝉(死んでいる)が出てきて四首目に蟻が出てくるので、虫って何か関係しているのかなみたいな邪推が生まれました。読もうとすれば死んだ蝉って蟻が運ぶこともありますし……でもその蟻は踏まれているし……強者と弱者の入れ替わりというか。迎えて読みすぎかな。

タイトル

あとタイトル! タイトルが「城門」じゃなくて「破城槌」なので、意識が「城」と対峙する方にいってるじゃん! という気持ちになりました。この連作は主に城門側の話なのに……。城門という存在を語るときに、当たり前に破城槌が在ると思っている人間の仕業だ、と思いました。破城槌が城門を破壊することが、タイトルでもう分かるんですよ。その破壊に城門が満足することも、また……。

講評を受けてみた感想(高島鈴)

好きなキャラの新しい読みが開ける!

まず講評を受ける大きな意義として、自分で考えていたこととは違った視点から読みの可能性を広げてもらえることが挙げられます。
今回は「五条悟を見ている夏油傑」を意識して五首連作に挑戦し、榊原さんにも「夏油傑の連作です」とお伝えしてありましたが、一単語ずつほどくように読み解いてもらったことで、自分の作品が持つ新しい意味の可能性に出会えたように思います。
同時に自分が思っていた通りの解釈をしてもらえた箇所は、「うれしい〜〜! 伝わってる〜〜!」と感涙したくなりました。
私は普段一人で短歌を作っているので、この「読みの可能性の拡張」は本当に勉強になります。夏油傑に対する理解もより多面的になった気がする!

「連作の壁」を越えるヒントをもらえる!

榊原さんは講義の中で「歌はカード、連作はデッキ」と教えてくださいました。
しかしこのデッキ構築が、本当に難しい!!!!!
一人で作っていると、どうしても言葉選びに癖が出てきて、連作にしたときの全体のバランスがいびつになってしまうことがよくあります。
今回も語尾がかぶらないように何度も直したり、倒置法を使った歌が多くなってしまって削ったりと、全体を整えるのに苦労しました。
結果として今回の連作では句読点が多くなってしまったのですが、それも具体的なアドバイスで改善案を教えていただいたので、次に活かしたいと思います。
すぐに次作に使える指導を受けられるのは、とてもありがたかったです!

モチベーションが上がる!

これはものすごく重要なことだと思うのですが、やっぱりプロに見てもらえるとモチベーションが上がります。
まじめに短歌を始めてから半年ほど経つのですが、一度賞に出してからは軽く燃え尽きてしまい、しばらく歌を詠まない時期が続いていました。
今回講師の榊原さんに読んでもらったことで、「読んでもらう楽しさ」を感じ、また歌を作る気力が湧いてきました。
今回の連作は、より長いものに改作してみたいと思います!

「ぎゅぎゅっと! 推しと短歌」概要
第1回:1月23日(日) 15:00~16:30
「連作開始! デュエルスタンバイ!」
第2回:2月6日(日) 15:00~16:30
「連作……おもしれーヤツ」
第3回:2月27日(日) 15:00~16:30
「連作のこと、もっと知りたくなっちまったな」
第4回:3月13日(日) 15:00~17:00
「最強のデッキを見せてくれ!」
※すべてアーカイブ受講可能
  • 講師:榊原紘
  • 参加費:第1回〜3回¥3000/第4回¥5000
  • 授業方法:zoomによるオンラインワークショップ
  • 部分受講:可

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